2024 05,19 10:11 |
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2009 04,22 15:12 |
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つづき。 定時を大幅に過ぎてから帰宅の徒についたロイは、玄関に蹲る小さな物体に眉を顰めた。
見覚えのある赤い物体。
時計の針を見れば、時刻は既に10時を回っている。それほど遅い時間帯ではないが、子供が頻繁に出歩く時刻でもない。
ロイは少しだけ歩く速度を速めると、その小さく蹲る物体に声を掛けた。
「そこの不良少年」
「……不良じゃねぇよ」
どうやら寝ていたワケでは無かったようだ。
これをかけられた少年は、緩やかな仕草で立ち上がる。すっぽりと被っていたフードを外すと、中から眩いまでの金髪が姿を現した。
「では弟と喧嘩でもしたか?」
「……違う」
「ならば愛しい私との逢瀬が耐え切れなくなったか?」
「寝言は寝て言えエロ中年」
揶揄を篭めた笑みを浮かべて言えば、辛辣な言葉が返される。
「……私はまだ二十九なんだがね」
確かに十四も年下の子供から見れば、たとえギリギリ二十台であろうと『おじさん』と呼ぶ対象に入るだろうが、せめて『中年』と呼ぶのだけは勘弁してほしい。
落ち込んだ様子を見せている割に、口だけは相変わらずなエドワードに溜息を零すと、ロイはそっとその背に手を回す。
「とにかく中へ入りなさい。身体が冷えている」
いくら冬を脱した季節とはいえ、夜になればグッと気温は下がる。
「食べる物はロクに無いが、茶ぐらいは出してやろう」
服越しで軽く触れた少年の身体は、すっかり冷えて切ってしまっていた。
リビングのソファにエドワードを座らせ、寝室のベッドから剥がした毛布を被せると、ロイはコートと上着を脱ぎ捨て、キッチンに向かった。
ヤカンを火にかけ、戸棚から紅茶の缶とティーセットを取り出す。
いつからあそこに蹲っていたのか知らないが、下手をすれば帰宅しない場合も多々ある自分を連絡もせずに待つなど、随分と自殺行為をしたものだ。
自宅で帰りを待つより、直接司令部へ赴いた方が断然遭遇率が高いというのに。
「……まぁ、何かあったんだろうが」
でなければ、彼が自らの意志で此処に来るとは到底思えない。
これまで幾度と無く「いつでも好きな時に使いたまえ」と言っても、一度だって自分から訪れた事など無かったのだ。それなのに突然気が変わるとは、彼の性格からして到底考え難い。
沸騰した湯を紅茶の葉を落としたポットに注ぎ入れ、蓋をする。その上からティーコゼを被せ、ティーセットと一緒にトレイで運んだ。
キッチンからリビングへと移動すると、毛布に包まれた少年は先程と同じ状態のまま微動だにしていなかった。
まったくもって、らしくない。
いつもならキッチンから顔を出した時点で『おせぇよ大佐!やっぱご老人は行動がトロいよな』などと、ふんぞり返りながら可愛くない台詞の一つや二つ投げてくるのに、今は一言も零さず、しおらしく座っている。いつからそこを陣取っているのか家主のロイでさえ不明な、壁に掛けられっぱなしになっている静物画をぼんやりと見やる子供の表情はいつになく頼りなく、スッポリと毛布に包まれているからか、普段より輪を掛けて幼く見えた。
こんな姿を晒すのは、あの時以来か。
飼い犬と共に合成獣にされた少女。
あの時も彼は、同じような所在無げな瞳をしていた。
「飲みなさい、多少は温まる」
それらを敢えて指摘せず、ロイは紅茶を満たしたカップを差し出す。
「……さんきゅ、」
エドワードは差し出されたカップを素直に受け取り、数回息を吹き掛けてからそっと端に口を付ける。見た目以上に身体は冷えてしまっているか、毛布に包まれた小さな肩は小刻みに震えていた。
「それを飲んだら風呂にでも入れ。用意してやる」
「へ?いや、別に……」
紅茶を飲んで多少のぬくもりを多少取り戻したのか、先程よりも良くなった顔色に驚きの表情を上乗せするエドワードに、ロイは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「我慢強いのは構わんが、度が過ぎると周囲に迷惑がかかることをいい加減に憶えろ。きっちり温まったら、話くらい幾らでも聞いてやる」
「!? っ」
「お前は何度言っても、普通の状態で此処に来ようとはしないからな。そんなお前が、自らの意思で足を運んだのならば、そういう事なのだろう?」
生き急ぐ少年を少しでも休ませたくて告げた言葉は、もう何度も袖の下にされている。その手にはこの家の合鍵まで渡したというのに、いつまで経ってもそれを自らの意志で使おうとはしない。
今日のように、いつ帰るとも知れぬ時でさえ、頑として使おうとしない。
少年が何故そこまで頑なな態度を維持し続けるのか、ある程度予想は付くが。
グッと唇を噛み締めて俯くエドワードに、ロイは悟られぬよう小さく息を吐く。
彼が頑固なのは今に始まったことではないが、それでも時折、忙しなく羽ばたき続ける翼を休ませて欲しいと願ってしまうのは、自分が少なからずこの少年を尊い存在だと定めているからだ。
過酷な運命を背負っていると思う。
生半可な覚悟では到底叶えられない願いを持っていることも。
だが彼の潔さは、周囲の目にはあまりにも痛々しく映る。
あんな生き方では、いつか背中の羽を折られて墜落してしまうような、そんな危機感さえ抱く。
死んで欲しくは無かった。
この運命の渦に引き摺り込んだ自覚はある。
だからこそ、守らなければならないという気持ちもある。
だがそれ以上に……その魂を愛しいと思う心も少なからずあるのだ。
恋愛感情の類ではない。
いっそその方がもっとコトは簡単だったのだろうが、己の本能が違うと否定する。
これは、恋や愛ではない。
そんな優しい感情では済まされない。
では―――一体なんなのか。
ロイはまだ、その答えを出しあぐねている。
俯いたままそれ以上動かない少年に、もう一度息を吐くと、ロイは声も掛けずにソファに座るエドワードを、毛布ごと抱き上げた。
「ちょっ、大佐ッ!?」
慌てて腕から降りようと暴れるが、腐っても軍人というべきか、いくら暴れても回された腕はビクともせず、その歩みは迷う事無く男の寝室へと向かっていた。
あまり嬉しくは無いが、今ではすっかり見慣れた道筋で、エドワードは抱かれた腕の中でギョッとする。
別に、男と抱き合うのは嫌いではない。
甘い睦言を交わすような仲ではないが、弟が身体を無くしてから人肌というものに縁が無くなっていたエドワードにとって、彼との交接は他人の肌に触れる数少ない機会だった。
いつも虚勢を張って警戒心の塊みたいな風を取っているが、人肌の暖かな体温を直接感じるのは嫌いじゃなかった。ましてこの男と寝ると、抱えている悩みや辛さを、その時だけは全て忘れることが出来た。
相手に好意を持っていないといったら嘘になるけれど、好きだ、愛してると告げたことは、お互い一度も無い。
だからといって、単なるその行為だけの相手と、割り切っているわけでもない。
曖昧な関係。
だが、その微妙なバランスで辛うじて成り立っている関係が、今のエドワードには居心地が良かった。
今更恥らうような仲ではないけれど、今夜はその行為をするために訪れたわけではない。
だからこそエドワードは焦っていた。
……が、
「直ぐに吐き出せないのなら、別のことで吐き出してしまえ。なに、最近は忙しかったのでな、私も少々溜まっている」
丁度良いから付き合え、と軽く告げる口振りとは裏腹に、向ける黒曜石の瞳はどこか柔らかい。
薄暗い寝室へ入り正面に位置するベッドの上に、毛布と一緒に優しく下ろされる。
間髪居れずに首筋に触れてくる、少し冷たい男の唇にピクリ肌を震わせながら、その瞳を見たエドワードはそれ以上抵抗するのを止めた。
気遣われている。
それもエドワードが抵抗無く受け入れられるように、強引な態度で、あくまで自分がしたいのだと主張して、男はエドワードの精神の安定を図ろうとしている。
気を使わせて悪いな…と思う半面、嬉しいとも思う。
好きじゃない、愛しているわけでもない。
でもそうすると……この胸に渦巻く不可思議な感情は、何と呼べば良いのだろうか。
「ぁ っ!」
「考え事をするとは随分と余裕だな。今日は手加減一切無しで大丈夫ということか?」
痛みを感じるほど強く胸の頂に歯を立てられ、エドワードは半分飛ばしていた意識を現実に戻す。いつの間にかロイの手によって下肢の布は取り払われ、上半身も首にシャツが燻っているだけの状態だった。
「……いつも容赦ねぇクセに」
ジンジンと痛む頂を、ぬめる男の舌が這う。もしかしたら少し血が滲んでるかもしれない。
痛みの合間に走る快感に、無意識のうちに腰を揺らす少年に、ロイはニィと口角を上げた。
「まさか。未熟なお前の身体を気遣って手加減していたに決まっているだろう。でなければお前は毎回、ベッドから身を起こすことさえ出来ないだろうさ」
本人も重度のコンプレックスを持つほど、エドワードの身体は全体的に小柄で、幼さばかりが目立つ。それが人体練成の影響によるものなのか、それとも元来もつ成長の度合いなのかは判断出来ないが、少年の身体はいつまで経っても未熟さから脱しない。
そんな彼に、成熟した男の欲望を手加減無しに押し付ければ、彼は間違いなく壊れてしまうだろう。だからこそロイは、これまで湧き上がる衝動にひたすら耐え、なるべく優しく壊さない程度の理性を持って抱いてきた。
それでも耐え切れなくて、時折暴走してしまうことも間々あったが、エドワードが翌日丸一日起き上がれない事態になったのは、最初の朝を迎えた日だけだった。
だが、とロイは思う。
今日くらい、本当に箍を外して抱き潰してしまうのも良いかもしれない。
この子供はちょっとやそっとじゃ弱音を吐かない。
それこそ抱き潰して、堅固な理性など粉々にしてしまった方が、胸の内に燻る何かを素直に吐露するだろう。
そんな結論に達した男は、俄然やる気になった。
自分に覆い被さる男の気配が突然変わったことに気付き、エドワードは快楽に揺れながら、下ろしていた瞼をそっと持ち上げる。
「っ……たい、さ?」
突如として獣の雰囲気を纏わせた男は、不安げに見上げる少年に向けて、それそれは綺麗な笑みを浮かべた。
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